2008年11月17日月曜日

2008年11月16日日曜日

メール内容

はじめまして私はインドのヒマラヤに居る者で名前を山﨑一夫と申します村の人たちからはYAMAと呼ばれています (一部省略)

私はブログを持っています サイト名は「やまのブログ」といいますその中で「コンシャスネス トーク」と題する記事を書いています コンシャスネス トークというのは意識の奥底からの言葉 自覚した言葉という意味合いで使っています けれど 私の自分の意思を確かめるなら 私はそれをコンシャスネス トークではなく本当は 「真言」 と呼びたいと思っています


真言宗の皆様にお確かめいただければ幸いです


私は弘法大師空海をよく存じません 私は歴史家でも宗教学者でもなく特に空海について詳しいものではありません 空海の言う真言がどのようなものであるかを私はまるで知りません 私は宗教学者ではありませんが神学追求者ではあります 神って何だろう?ということを私の意識はどのようにできているんだろう?ということと供に考えてきたものです その結果を自分のブログで発表しています それは私の自意識の小宇宙というところです


私は空海の真言がどのようなものであるのかを知りません 彼が伝えようとした神様(大日如来というのでしょうか?)がどのようなものなのかを知りません その世界観をよく知りません けれども真言宗の皆様ならばご存知かもしれないと思うのです 空海の真言を直接耳にしたことはなくても 空海の真言の効果を直接体験したことはなくともこういうものではないだろうかといったイメージは持ってらっしゃるだろうと思うのです それは私のような部外者にはわからないことですが 空海の意思が何らかの形であなたたちの心に引き継がれているなら きっと真言という言葉からあなたを触発するものがあるのではないかと思うのです 確かめていただければ幸いです


「一個の石の中に宇宙がある」私の心はこの言葉に惹かれます その言葉は物理学者の口から出たものだと憶えていますが 私は意識についても同じことが言えるかと思っています個の意識の中に宇宙の意思がある 個の意識の中に神に意思が眠っている 私は心の奥底からそう思っています それを表現したかった うまく表現できたかどうかは当の私には言えません お確かめいただければ幸いです こちらが私のブログですhttp://ameblo.jp/yamasaki117/entry-10161463507.html


その一連の記事で私が使っている言葉をコンシャスネス トークと呼ぶのですが 私としては本当は 「真言」と呼びたいのですどうでしょうか? 真言宗の皆様私の言葉は真言と呼んでいいものでしょうか?それともあなたたちの考える真言とはまったく別物でしょうか?ご確認いただければ幸いです

2008年11月14日金曜日